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大阪高等裁判所 平成2年(う)495号 判決

本籍

大阪府堺市高倉台三丁一〇番

住居

同市栄橋町二丁目五番二号

会社役員

石田吉信

昭和一八年七月二二日生

右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、平成二年一月一二日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 藤村輝子出席

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人尾鼻輝次、同大槻龍馬連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官藤村輝子作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は要するに、原判示第一の相続税法違反の罪(以下「本件」という。)につき、被告人は幇助犯にすぎないから、共同正犯と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、所論及び答弁にかんがみ記録を調査して検討するのに、原判決挙示の対応関係証拠によれば、本件につき被告人が共同正犯であることが明らかに肯認され、当審事実取調べの結果によつて、右の認定・判断は左右されない。

所論は、本件の相続人・納税義務者上野勉は、被告人らが行つた債務仮装による相続税のほ脱のほか、相続財産に当然含まれるべき巨額の預貯金などを秘匿して脱税しており、被告人はこのことを知らされていなかつたうえ、本件相続税のほ脱は、もともと上野、同人の知人坂元良次により計画されたものであるが、同人らは計画の一部である債務仮装の方法に行き詰まり、坂元において北口洋人に脱税協力を依頼し、申告期限の直前になつて北口が更にこれを被告人ら全日本同和会の関係者に依頼したため、被告人が原判示の架空債務を作出して申告することとしたのである。被告人はたしかに原判示の内容虚偽の各申告書を提出してはいるが、これは北口を通じた坂元の指示により本来上野がなすべきことを代理したにすぎず、結局、被告人は上野の相続税ほ脱について道具として巧みに利用されたわけで、換言すれば、被告人の行為は上野の相続税ほ脱を容易ならしめたものであるから、被告人は幇助犯の刑事責任を負うにすぎない、と主張する。

しかしながら、本件のごとき過少申告ほ脱犯において、自ら内容虚偽の過少申告書を提出したのみならず、債務の仮装など所得の秘匿行為をも担当した者は(被告人がそのような行為を担当したことは所論も認めるところである。)、まさに実行行為に及んでいるわけであるから、共同正犯の刑事責任を負うことに疑いがないというべきである。所論のいう前記の事情のうち、上野が当初から巨額の預貯金を秘匿していたという部分は、その大半が上野に対する起訴の対象から除外されており(もとより被告人の起訴事実にも含まれていない。)、これも本件の相続税のほ脱に含まれるとして、上野との関係における被告人の加功の態様を論ずるのは許されないと解されるし、その余の事情は畢竟だれが脱税計画の当初からかかわつていたか、だれが主導的であつたか、あるいは、実質的にいつて主たる利益を受けたのはだれかなどという共同正犯者間の犯情の差異にすぎないと考えられる。

もつとも、所論は、身分犯においては非身分者が実行行為を担当しても、その実行行為が身分者の行為を代理したにすぎない、あるいは、非身分者が身分者の単なる道具にすぎない、と認められる場合は、非身分者は幇助犯の刑事責任を負うと主張する。

しかしながら、関係証拠を検討するに、被告人は、本件の相続税ほ脱にあたり、所論がいうような上野の単なる代理人ないし道具として行動したとは到底いえないのである。すなわち、本件脱税の経過はおおむね所論が指摘するとおりであるが、被告人は北口から脱税の依頼を受けるや、多額の報酬を得る目的で、しかも、同和会活動名義の、しかし実際には自己のいわば業務として、これを引受け、共犯者環や内田を誘つて具体的計画を練り上げ、前記のとおり現に本件の債務仮装を実行し、絶えず北口、坂元を介して上野と連絡をとり、再度にわたる申告書の提出をも担当するなど積極的に本件の主要部分に加功しているのであるから、被告人は上野の単なる代理人ないし道具とはいえず、所論が主張する前記の事情は、この認定・判断を左右するとは考えられないのである。

なお、所論は、身分犯に非身分者が加功した場合、一般論としても、共同正犯は成立せず、非身分者は幇助犯として処罰されるべきである、と主張するもののようであるが、左袒しがたい。

以上の次第で、所論はいずれも採用できず、原判決には所論がいう事実誤認は認められないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑が重きにすぎると主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、全日本同和会の原判示役職にあつた被告人が、相続税及び所得税(不動産譲渡所得)のほ脱に各一回加功したという事案であるが、その罪質、動機、態様、ほ脱した税額・ほ脱率並びに被告人の前科関係など、すなわち、被告人は、同和会活動名義で、しかし実際には多額の報酬を得るためにいわば業務として他人の脱税に加功してきたものであつて、いわゆる脱税請負人と評されてもやむをえないものであること、ほ脱した税額は合計約四億二〇〇〇万円にのぼり、ほ脱率も八〇パーセントを超えることのほか、被告人自身も本件脱税の報酬として計三〇〇〇万円を受け取つていること、脱税の手口は必要書類を偽造して架空の債務を作出するなど常套的とはいえ巧妙で計画的であること、被告人には原判示累犯前科があるばかりか、本件後にも原判示確定裁判にかかる罪を犯していることなどの事情に照らすと、原判決が量刑の理由として説示するとおり、被告人の刑責・犯情は相当に重いといわなければならない。

してみると、本件各犯行はいずれも、被告人からの積極的な申し出によるものではなく、納税義務者側からの依頼によるものであること、被告人は本件発覚後納税義務者の正規の納税に協力するため自己の利得分よりもはるかに多額の金員を出損していること、深く反省していることなど所論指摘の情状を斟酌し(なお、原判決も量刑にあたりこれらの情状を十分考慮していることが窺える。)、更には、被告人は原判決当時から不動産事業等に取り組んでいるところ、原判決後右事業は拡大・発展を遂げていることなどの事情を加味して考えても、被告人を懲役一年四月及び罰金一八〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条、刑法二一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田良兼 裁判官 石井一正 裁判官 浦上文男)

平成二年(う)第四九五号

控訴趣意書

相続税法違反・所得税法違反

被告人 石田吉信

右被告人に対する頭書被告事件につき、平成二年一月一二日、神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、控訴を申立てた理由は左記のとおりである。

平成二年九月一七日

主任弁護人 尾鼻輝次

弁護人 大槻龍馬

大阪高等裁判所第三刑事部 御中

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。

一、原判決は、本件のうち相続税法違反つき、次のとおり罪となるべき事実を認定した。

「被告人は、全日本同和会和歌山県連合会副会長及び同連合会和歌山市支部長をしていたものであるが、上野政一が昭和五七年三月三一日死亡したことによる相続税に関し、同人の長男で上野政一の財産を共同相続した上野勉、同人の知人で不動産売買業の友信興業株式会社の代表取締役をしていた坂元良次、飲食店を経営していた北口洋人、右全日本同和会和歌山県連合会和歌山市支部役員をしていた環秀雄及び同内田学ら五名と共謀の上、上野勉の相続税を免れようと企て、同年九月三〇日、神戸市兵庫区水木通二丁目一番四号所在の兵庫税務署において、同税務署長に対し、上野勉の法定相続分に基づく相続税の申告をするに際し、同人の相続財産にかかる課税価格は六七二八万五五七七円で、これに対する相続税額は二九三九万一五〇〇円であるにもかかわらず、上野政一には右全日本同和会和歌山県連合会に五億六五八三万三三三三円の債務があり、上野勉はこのうち四七一五万二七七七円の債務を負担することとなったかのごとく仮装し、その相続財産の課税価格は二〇一三万二七九八円でその相続税額は四八二万七五〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出したうえ、同五八年四月一五日、右税務署において、右税務署長に対し、上野勉が共同相続人との遺産分割の協議によりその相続財産の大部分を相続したとして修正申告するに際し、上野勉の相続財産にかかる課税価格は八億一九〇二万三六五八円で、これに対する相続税額は三億九九八五万五三〇〇円であるにもかかわらず、同人が上野政一の債務をすべて負担すべきこととなったごとく仮装し、その相続財産の課税価格は二億一九七四万五二三〇円でその相続税額は五二六七万五八〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の修正申告書を提出し、もって不正の行為により、上野勉の正規の相続税額三億九九八五万五三〇〇円との差額三億四七一七万九五〇〇円を免れたものである。」

二、右のように原判決は、本件相続税逋脱の手段として被告人らが被相続人上野政一の全日本同和会和歌山県連合会に対する五億六五八三万三三三三円の架空債務を作出し、これを相続人上野勉がすべて相続した旨の相続税の修正申告書を提出する不正行為により、三億四七一七万九五〇〇円の相続税を免れたものであるというのである。

そして、被告人は架空債務の作出及び修正申告書の提出を認めているのであるから、一見すると右の原判示には何ら誤りは存しないかのように思える。

三、とろこで、原審における検察官冒頭陳述書に添付された修正貸借対照表(記録第五四丁)によれば、負債の部において、前記五億六五八三万三三三三円が架空債務として減額修正されているほか、資産の部において

1.土地三億七七一八万六五五五円が六九五七万三四一〇円増額して、四億四六七五万九九六五円と修正され

2.家屋三〇七万七四六〇円が八八万六六九三円増額して、三九六万四一五三円と修正され

3.有価証券九五二〇万九八五九円が三三三〇万五六一六円増額して、一億二八五一万五四七五円と修正され

4.預貯金四八四三万三二三二円が三億三四三九万六八五八円増額して三億八二八三万〇〇九〇円と修正され

5.未収金一億二九五五万五四四四円が八一五万〇九九八円増額して一億三七七〇万六四四二円と修正され

6.電話加入権〇円が一〇万円増額して一〇万円と修正され

ているので右増額修正分の合計は四億四六九一万三五七五円となる。

さらに、上野勉は、上野政一が、生前友信興業株式会社より三木の土地の売却益の分配金として受取っていた同社振出第一勧銀/山手宛の金額五〇〇〇万円の約束手形を相続していた分(検甲二六号、坂元良次の昭・61・10・10付検面調書一五項及び昭・58・1・18付公証人波山正作成の金銭債務承認並びに弁済契約公正証書参照)は前記検察官の修正貸借対照表には計上されていない。

従って、被相続税人上野政一の相続財産は、

取得財産の価格 一三億二九六六万四四六〇円

債務及び葬式費用の金額 二四六二万三九六二円

純資産評価額 一三億〇五〇四万〇四九八円

となる。

ところが、昭和五七年一〇月六日付遺産分割協議書には、前記増額修正分四億四六九一万三五七五円及び有信興業(株)振出にかかる五〇〇〇万円の約束手形は、遺産目録に記載されていないので、故意に相続税軽減を企てたものと考えられる。

而して右遺産分割協議書によると、弟上野政俊が取得する第二号目録記載の「神戸市兵庫区鵯越町五六番の五九宅地一四七・七〇平方メートル」及び「夢野株式会社株式一、五〇〇株」以外の遺産は、第一号目録として列挙し、その末尾に「以上の財産並びにこの協議書全目録においてかかげない遺産のあるときはその全部」を上野勉が相続する旨の協議がなされているのである。

従って、前記純資産評価額一三億〇五〇四万〇四九八円から第二目録記載の財産評価額(二一八四万八三六〇円)を差引いた一二億八三一九万二一三八円が上野勉の相続税の実際の課税価格である。

四、ここで預貯金及び本件調査と捜査について若干付言する。

検察官は、冒頭陳述において、預貯金の公表計上額が四八四三万三二三二円であって、増差額が三億三四三九万六八五八円である旨主張されていることは前述のとおりである。

ところが検甲第九号の昭和六一年一〇月八日付内野恭介作成の査察官調査書(記録三、六一四丁以下)には、「被相続人上野政一の取引銀行である住友/湊川を調査したところ、相続税申告額以外の簿外定期預金(家族名義及び無記名)のあることが判明した。」(記録三、六一五丁)としてその内訳が列挙されており、その合計は三億三三四二万三一二九円、経過利息七〇九万〇六〇二円を合わせると三億四〇五一万三七三一円で、前記増差額よりも六一一万六八七三円多くなるのである。

さらに上野勉は税務調査によりいわゆる裏金がバレたため、この分について被相続人の妻上野まつのが全部相続したようにすれば、配偶者控除によって相続税がかからなくなるからと自分の母にあたる同女にこれを要求したが、同女がこれに応じなかったので包丁をふり廻したり、同女を虐待したりして承諾させている。(検甲第一七号上野政利の昭和61・10・8付検面調書一七項)。

その際相続人間で作成されたのが昭和六〇年六月付遺産分割協議書(記録三、五九〇丁以下)である。

ところが、右遺産分割協議書に列挙された住友/湊川における預金中、次に掲げる

(1)の〈3〉の口座番号 二五四六七〇 三、四七六、〇〇〇円

(1)の〈6〉同 二五四七四七 四、六三六、〇〇〇円

(1)の〈9〉同 二五四七七〇 一、一五九、〇〇〇円

(1)の〈11〉同 二五四八二七 二、三一八、〇〇〇円

(2)の〈2〉同 二五四六一二 三、八七四、九二三円

(2)の〈4〉同 一九〇〇四八 二、五〇〇、〇〇〇円

(2)の〈5〉同 三九五三六七 三、〇〇〇、〇〇〇円

合計七口、金額合計二〇九六万三九二三円及びこれらの預金の経過利息の合計一二一万二八九八円は前記検甲第九号の査察官調査書には記載がない。

国税査察官及び検察官が右遺産分割協議書の作成日以後に作成した査察官調査書や修正貸借対照表の増差額の中には何故これらの分を加えなかったのか理由がわからない。

本件は、調査官・捜査官ともに同和関係団体の関与による脱税事件として取上げており、これを中心として調査、捜査が進められたものと考えられるが、肝心の申告義務者・納税義務者は相続人であるのに、相続人の逋脱内容を十分把握しないで、その手先に使われた被告人らの行為だけを解明としても本件の全貌を捉えたものとはならない。

公表の預金内訳が明らかにされていないので確定することはできないが、前記二二〇〇万円余の預金等が前記増差額三億三四三九万六八五八円以外に別に秘匿されていたとの推定も可能であり、そうであれば被相続人上野政一の相続財産の純資産評価額はさらに増加することになろう。

本件相続税に関する調査・捜査では被告人の行為と全く関係のない申告義務者の逋脱行為の内容については、これを曖昧のままで済ませようとする点が見受けられ、その公平性に疑問を抱かざるを得ない。

右について、肝心の相続人が税務当局より最終的に如何なる内容の更正処分を受けたかが明らかにされないのも大きな疑問点である。

五、原判決は、本件が上野勉及び坂元良次による上野勉の相続税に関する多額の相続税逋脱計画遂行の過程において、同人らがその計画の一部である架空負債計上の方法に行詰まり、申告期限の直前になってから被告人ら全日本同和会の関係者にその助力を求めたことによって行われたもので、被告人らの行為は上野勉・坂元良次の犯行の幇助犯に過ぎないものであるのに、証拠の価値判断を誤り、社会常識に反して被告人らを共同正犯と認定しているのであって、右は明らかに判決に影響を及ぼすべき事実誤認といわねばならない。

以下原審で取調べられた証拠に基づいてその理由をさらに詳述する。

1.本件相続税の逋脱は申告納税義務者である相続人上野勉と同人の知人坂元良次によって計画実行された。

上野勉は、被相続人上野政一の惣領息子であるが、幼少時祖父母に養育されていた関係上、弟妹らとの折合いはよくなかった。

弟政俊は、勉夫婦のことについて、「兄はしんどい仕事はしないし、ずぼらでけちで陰気で気の小さい人間であり、兄嫁広向はエゴイストで、狡猾で、みえっぱりである」と供述している(検甲第一七号上野政俊の昭和61・10・8日付検面調書第五項)。

勉の妻広向は、政一死亡前から同人に対し、勉一人に遺産相続をさせる旨の一筆を書くように迫ったことがあり、勉は昭和五七年九月二八日ころ、政一の遺産分割協議の際「おやじの財産は全部わしが取るから裁判でも何でもせい」と言ったこともあった(前同第六項・第九項)。

2.上野勉は被相続人上野政一死亡後間もなく、沖幸逸税理士に相続税申告を依頼した。

そして昭和五七年四月上旬から同年五月上旬かけて同税理士によって申告書添付資料が調製された。(当初申告書添付の昭和五七年四月一九日付住友/湊川の預金残高証明書以下被相続人上野政一相続関係説明図まで参照)

上野勉の申立によって相続財産総目録が作成されたが、(当初申告書添付のKoitsn Oki Certified Public Accountantの用紙一九枚に記載)その中には前記増額修正分四億四六九一万三五七五円及び五〇〇〇万円の約束手形債権は記載されていない。それでも上野勉が一人で相続するとその相続税額は約三億五〇〇〇万円(上野勉は約四億円と供述している)相続人らが法定相続分に分けて相続するとその相続税額は一億三五〇〇万円という計算となった。

3.そこで上野勉は沖税理士に委しておくと資産約五億円を秘匿してさえ法規に従えば右のような多額の相続税を納めなければならないので、さらに相続税を軽減したいと考え、沖税理士に対する申告手続の委任を撤回し、申告書の原稿及び添付資料を引き上げたうえ、専修学校東亜経理学院を卒業し、経理に明かるく、不動産売買業有信興業株式会社の代表取締役をしている坂元良次に対策を相談した。

その際坂元が考えついたのが、有信興業(株)が所有する香川県大川郡津田町所在の土地を利用する架空債務の作出である。

即ち昭和五六年一月一七日付をもって被相続人上野政一が、有信興業(株)から津田町所在の山林六、一〇〇平方メートルを代金五億四四〇〇万一七〇〇円で買い夢野株式会社(代表取締役上野勉)が右代金支払債務につき連帯保証をしていたとし、右未払金を相続財産の負債とし、右山林の路線価格約四〇〇〇万円を相続財産の資産として、差引約五億四〇〇万円の架空負債を計上して相続税の軽減を図ろうとするもので、坂元は勉に対し、「香川県の山林は、友信興業のものであり、山のため評価額は低い。それを会長(註、政一のこと)が買ったことにして、支払う債務があると申告して相続税を安くする。そのために友信興業に三億五〇〇〇万円を融資してくれ」と説明し、右取引に関する書類を作って、これらにすでに死亡している政一名義の署名捺印を求めた。

勉夫妻は右坂元の説明を了承し関係書類に署名押印した(検甲二〇号上野勉の昭61・10・3付検面調書第六項)。

4.ここにおいて、上野勉・坂元良次の両名は、上野政一の相続財産の申告について、資産の面において少くとも前記増額修正分四億四六九一万三五七五円及び手形債権五〇〇〇万円を減額し、負債の面において津田町の土地を利用して架空負債約五億四〇〇万円を増額し、もって相続税の逋脱を図ることを共謀したわけである。

坂元良次が資産の面における減少についても共謀したか否かについては、若干疑問なしとしないが、手形債権五〇〇〇万円については十分な認識があり、又沖税理士の計算による三億五〇〇〇万円ないし四億円という相続税の負担を極力減少させようと考えていた勉に対し、現金三億円の融資を申込むことは、勉において三億円以上の隠し預金を有することを知っておったからこそと考えられ、現実に勉はいとも簡単に右申込を承諾し兵庫クレジットから三億五〇〇〇万円位を借受け昭和五七年九月二九日付、三億円を坂元に貸付けているのである。勉が兵庫クレジットから無担保で三億五〇〇〇万円を借り受けられるわけはなく、遺産分割協議の済まない不動産を右融資の担保に供し得ないことも一般常識であるから、恐らく隠し預金が担保に供されているのではないかと推測される(この点は原審における審理不盡である)。

勉が坂元に渡した現金三億円と、政一が生前受取っていた五〇〇〇万円の約束手形と合わせた三億五〇〇〇万円もの巨額の貸借について、勉と友信興業(株)との間で昭和六〇年一二月末日まで三年三ヶ月間にわたり、無利息、無担保の金銭債務承認並びに弁済契約公正証書が作成されているという異例の事実からも、坂元はけちな勉が三億円を超える隠し預金を持ちこれを申告から除外しようとしている弱みにつけ込んだものと考えられる。

右借入金三億五〇〇〇万円について、年六分の利息を支払うとすれば一年間だけでも二一〇〇万円となり、三億円は三年間にわたって事業資金に運用できるので坂元の利得は莫大であって、上野勉の相続税逋脱による利得とともに本件における主犯者の認定上看過できないところである。

坂元は、沖税理士作成の申告書類・相続財産総目録を勉から受取りその内容を検討しているのであるから、前記隠し預金が右目録に記載されていないことは知悉していたものと考えられる。

従って勉と坂元は、相続財産のうち資産の隠匿による減少対策についても共謀があり、この共謀は政一の遺産相続の全般に及ぶもので、その後の行動はすべてこの両名による共謀が実行に移されていったものである。

5.坂元は、右共謀を自ら実行しようとして、昭和五七年九月七日ころ、津田町の土地につき、譲渡人友信興業(株)(代表取締役坂元良次)譲受人夢野(株)(代表取締役上野勉)間の所有権移転契約に関して国土利用計画法二三条一項に基いて津田町長を経由して香川県知事に対し、その届出をしたが、予定対価の額が高額のため契約の締結を中止すべき勧告を受ける懸念があったこと及び大谷税理士事務所の徳重義明事務員から、坂元らの計画している上野政一の生前における土地売買代金の未払金を相続財産における負債に計上するためには、政一の生前にいくらかでも代金の一部の支払いがなされていなくては、税務署で認容してもらうことは難しいだろうと聞かされたことより、通常の手段ではこの方法を押し進めることは困難であると思ってこれを諦め、国土利用計画法の届出を取り下げた。

6.相続税法二七条一項は、「相続又は遺贈により財産を取得した者は、その被相続人からこれらの事由により財産を取得したすべての者に係る相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その者に係る相続税の課税価格に係る第十五条から第十九条まで及び第十九条の三から第二十一条までの規定による相続税額があるときは、その相続の開始があったことを知った日の翌日から六月以内に課税価格、相続税額その他政令で定める事項を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。」と規定し、同法六九条は、「正当な事由がなくて期限内申告書をその提出期限内に提出しなかった者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する」と規定している。

上野政一は、昭和五七年三月三一日に死亡したのであるから、本件相続税の申告期限は同年九月三〇日となるわけで、坂元が国土利用計画法の届出を取下げた時点では、申告期限は既に旬日後に迫っていた。

坂元は他の対策を講ずべく九月二五日ころ、急遽岡田実・宇津博蔵・三谷正を通じ北口洋人に対し脱税協力を依頼し、その際前記沖税理士が作成準備していた相続税申告書案・相続財産目録・添付書類等のほかに、前記津田町の土地売買に関する関係書類をも手渡した。

北口の昭和六一年一〇月一五日付検面調書(検甲第三〇号)によれば、坂元は北口に対し、坂元の会社の所有地を上野政一が五億円余で買っていたが、未だ代金を払っていないとした嘘の書類を作ったが、これではうまくいかなかったので、上野勉に五億数千万円の架空債務があるようにこしらえて勉の相続税が安くなるようにしてくれと依頼したというのである。

坂元は原審公判廷において、津田町の土地売買による架空債務作出は諦めており、津田町の土地売買に関する関係書類は、参考のために北口に預けたに過ぎない旨ならびに後日、北口が被告人ら同和関係者に依頼して別の架空債務を作出したことを知って大いに驚いた旨供述しているが、上野の資産状況を知悉していた坂元が、北口に対して不自然と思われない五億円台の枠を参考に示して架空債務の作出を依頼したものであることは、前記北口の供述があるばかりでなく坂元の計画による津田町の土地売買の利用の場合と本件で作出された架空債務額が、いずれも五億円台であることによって明らかであり、また、可能ならば津田町の土地売買資料を利用してほしいという意図をも有していたものと思われる。 坂元は前記架空債務の作出が同和関係団体名によるものと知って大いに驚いたと供述しているが、それならば当然に上野勉に話して即刻修正申告をなすべき筈であるのに、そのようなことは一切していないのである。

なお、本控訴趣意書作成にあたって行った被告人石田からの事情聴取によると、上野勉は部落解放同盟(社会党系)に加入していた筈であるという。

そうだとすると、坂元が北口に依頼する以前の段階で、勉・坂元間において、所属団体に対しても相続税回避について相談を持ちかけていた可能性が強く、勉と坂元は、申告の期限が切迫して来るし、二進も三進も行かなくなって北口に相談を持ち込んだものと考えられる。

沖税理士のもとでは、昭和五七年四月上旬から五月上旬にかけて申告資料が集められていたことは、前述のとおりで、勉がこれらを同税理士から引き上げた時期がいつであるかは事実認定上重要であるが、捜査段階でも原審においても明確にされていない。

7.北口は坂元から依頼を受け、これを被告人に依頼し、被告人は比較的税務手続に詳しい近畿大学法学部法律学科卒業の環秀雄及び内田学によって北口の依頼の趣旨にそうべく検討させた結果、津田町の土地利用による架空債務額を参考として、上野政一が生前の昭和五四年三月一日、環秀雄とともに全日本同和会和歌山県連合会に三億五〇〇〇万円(利息年二〇パーセント)の連帯債務を有しており、勉が相続した時点では、元利合計五億六五八三万三三三三円の債務を承継したとする架空の債務を作出して申告することとし、前記沖税理士作成の申告書案を参考として中居税理士に申告手続書類を作成してもらうこととした。

勿論被告人らは相続財産目録において、別に約五億円の資産が除外されているとは全く知らなかったのである。

8.北口は九月二六日ころ、坂元に対し依頼を受諾する旨告げ、同月二八日、三宮のクラブ「エンペラー」の役員室で、坂元と会い報酬等について話し合った結果、最終的に納付税額と報酬とを併せて一億円と決めた。このとき岡田・三谷らも同席した。

坂元は上野勉に右事情を報告し、同人はこれを了承した。

九月二九日ころ、坂元は上野勉が兵庫クレジットから借受けた現金三億円を、友信興業(株)の上野勉からの借受金として受取った。

津田町の土地利用による架空債務の作出を諦めたという坂元が、これに関連して進めていた上野勉からの融資の話を撤回することなく、当初申告直前に右のように借入行為を敢行した点については、前述の借入条件等に対する不自然さの外に多大の疑問を抱かざるを得ない。

9.申告期限の九月三〇日には、遺産分割協議が成立していなかったので、一般通常の例により一応各相続人が法定相続分を相続する旨のいわゆる当初申告を行い、後日、勉一人の相続について遺産分割協議が成立した段階で修正申告を行なうこととして、その内容の申告書が作成された。

右当初申告における取得財産の価格は沖税理士が作成した原案と同一内容であり、負債の部には五億六五八三万三三三三円の架空債務が加えられていた。従って既にこの段階で取得財産の価格は、上野勉・坂元良次の意思に基いて過少となっていたのである。

北口は当日、坂元より現金五〇〇〇万円及び夢野株式会社代表取締役上野勉振出名義の手形合計五〇〇〇万円合計一億円を受取り、被告人らとともに兵庫税務署に赴いて、申告書を提出すると共に、三〇三〇万九三〇〇円(うち三〇〇〇万円は手形による委託納付)を納付したうえ、再度坂元に会い申告書の控と税の領収証を手渡した。

北口をはじめとする被告人らは、上野勉・坂元の両名が架空債務作出対策を持て余し、さらに資産の過少申告を秘匿して、申告期限切迫の段階で申告手続を持ち込んで来たことに気づかず、高額の報酬に乗せられてうまく利用されたわけである。

10 その後前記のように一〇月六日付をもって遺産分割協議書が作成され坂元から北口に対し、度々右遺産分割協議書による修正申告手続の依頼がなされたが、北口は、預っていた残りの納税資金を流用したため遷延し漸く翌昭和五八年四月一五日修正申告書を提出した。

この修正申告書においても、取得財産の価額、債務及び葬式費用の金額、純資産価額は当初申告と全く変っていない。

遺産分割協議の結果、上野勉の取得財産の価額が七億四〇八六万四九五二円の増加、債務及び葬式費用の金額が五億四一二五万二五二〇円の増加、純資産価額が一億九九六一万二四三二円の増加で、税額において四七八四万八三二一円の増額になり、上野政俊取得財産の価額が四七四八万九二一三円の減少、債務及び葬式費用の金額が四九二〇万四七七五円の減少、純資産価額が一七一万五五六二円の増加で、税額において三八万二一二九円の増加となり、その他の相続人についてはいずれも取得財産の価額、債務及び葬式費用の金額、純資産価額とともに〇円と修正されたのである。

結局上野勉が、殆ど全財産を相続し、その代りに五億六〇〇〇万余の負債(架空)を単独で負担するというものである。

前記遺産分割協議書には、第一号目録及び第二号目録にかかげない遺産全部については上野勉が相続する旨の記載がなされていること及び住友銀行湊川支店における裏預金等合計約五億円の財産が右各目録にかかげられていないことは前述のとおりであって、これによってなされた前記修正申告は、この点においてもさらに相続税逋脱を構成するものであり、この段階において上野勉のこれらの相続税逋脱が既遂となったものであって、原判決が、「上野勉の課税価格が八億一九〇二万三六五八円でその相続税額が三億九九八五万五三〇〇円である」と判示したのは明らかな誤りである。

検察官の冒頭陳述書は、資産の部において合計四億四六九一万三五七五円の増額修正している。検察官主張によれば少なくとも右金額に相当する遺産が秘匿され過少申告であるということである。

しかも本件相続税逋脱が既遂になった修正申告の時点において提出された昭和五七年一〇月六日付遺産分割協議書によれば、上野政俊相続分以外はすべて勉が相続する旨記載されているのである。

右過少申告について勉の相続税法違反の責任が追及されないで、架空債務作出について被告人らと共謀ありとし、しかも被告人らよりも責任が軽いとされるのは全く本末顛倒といわねばならない。

11 昭和六〇年五月上旬、京都府下において同和団体による相続税の脱税指南が摘発されたころ、兵庫税務署による勉らの相続税の調査が行われ、その結果、隠し財産の一部が発見されたので、その際昭和六〇年六月付で住友/湊川における無記名定期預金三〇口、定期預金及び積立預金一三口ならびにこれらに対する経過利息及び六銘柄の有価証券を上野まつのが取得した旨の遺産分割協議書を作成し、これによって相続税の再修正申告が行なわれている。

これらの資産は、さきの昭和五七年一〇月六日付遺産分割協議書において、同協議書の目録にかかげられていない資産として既に勉が取得したもので、これにそった修正申告がなされているのであるから、その後分割協議の内容を変更したとしても勉の相続税逋脱額には何ら消長を及ぼさない筈のものである。

まして勉は、さきに記述したとおり税務調査により隠し財産が発見されことによる不利益を免れるため、その大半を母まつのに相続させて配偶者控除によるこの分の租税を回避しようとし、相続を拒否する母に対し包丁を振り廻したりして承諾させているのである。

勿論右の再修正申告については、勉からも坂元からも北口らに一切伝えられていなかった。

12 他方北口は兵庫税務署が勉らの相続税の申告について調査していると聞き、環に連絡して来たことから、内田らにおいて調べた結果、同税務署では上野側に再修正申告をさせているらしいとの情報を得た。

そこで環は勉に電話でこれを確認しようとしたが「あなたの方に委せてあるのだから、あなたの方でちゃんとしてくれ」とそっけない返事であったから、被告人及び内田と連絡をとり、連帯債務者の一人である環が、架空債務のうち一〇〇〇万円を返済したので、上野勉の債務が一〇〇〇万円減少したこととし、その旨の再々修正申告書を提出した。

この分の相続税追加分は、四六一万七九〇〇万円であったが、加算税を加え約五二〇万円を被告人・環・内田が分担して納付した(検甲五四号、環秀雄の昭61・10・11付検面調書第六項ないし第一四項)。

13 昭和六〇年九月末ころ、坂元は環を友信興業(株)へ呼出し、同行した久次米昭の両名に対し、「本件の申告手続については北口から一切を解決する旨の念書をとっている。北口には税の納付金と報酬を合わせて一億円渡した。北口が税務署へ納税のため渡した手形を決済しないので、税務署から勉に請求があった。手形を決済しないのは詐欺だ。こうなれば上野の方で正直に修正申告をして全部税金を払い、北口を始め君らを告訴する。」と脅しつけた。

環は驚き「私らで責任をもって納付しますから少し時間を下さい」と言ってから、兵庫税務署へ行き未納税額を尋ねると約二三〇〇万円で、延滞税が約一〇〇〇万円ということであった。

そこで同年一二月二五日、被告人石田が二三〇〇万円の小切手を都合し、延滞金は六五〇万円に減額してもらって滞納分全部を納付した(検甲五六号、環秀雄の昭和61・10・14付検面調書第三項ないし第一三項)。

14 環は坂元に右納付を報告すると、もう一度来いと要求されたので同年末ころ久次米と二人で友信興業(株)へ赴いた。

そこで坂元は、環らに対し「架空債権五億六五八三万三三三三円について上野勉から債務を支払っているという証拠を作っておかなければ脱税がバレてしまうのではないか。石田の名で普通預金口座を開設してその口座に勉から五五〇〇万円振込んで債務を返済したような形を作ろうと思うので君から石田に話し預金通帳と印鑑をわしの方へ届けてくれ」と要求した。

環は被告人にこれを伝え、被告人は坂元の言うとおり福寿信用金庫本店に普通預金口座を開設し、環をしてその通帳と印鑑を坂元に届けさせた(前記検甲五六号第一五項ないし第一七項)。

坂元・上野は右通帳と印鑑を使用して右口座に五五〇〇万円を入金し、翌日これを払い戻し、全日本同和会和歌山県連合会が上野勉より五五〇〇万円の債務弁済を受けたような外形的事実を作出した。坂元の智略に対しては全く舌を巻かざるを得ないのである。

15 ここで北口が受領した一億円について付言する。

北口は、坂元から相続税及び報酬として一億円受領しているが、本件では、当初申告の際、三〇三〇万九三〇〇円納付し、次いで上野勉が一人で全遺産を相続する旨の修正申告をするとすれば、たとえ架空債権五億六〇〇〇万円余を作出し、それを勉が全部負担するとしてもさらに三〇〇〇万円位の納税が必要であることは、北口は勿論誰しも予期していた筈である。

従って一億円のうち、報酬分は約四〇〇〇万円となるが、北口は被告人・環・内田に各一五〇〇万円合計四五〇〇万円、三谷正に一六〇〇万円(三谷はこのうち岡田実に一〇〇万円、宇津に五〇〇万円、重田に五〇万円を分けている。)を報酬として渡しているのでそれだけでも六一〇〇万円となり、当初申告時と修正申告時の税金を支払えば北口の手元には一文も残らない計算になる。

北口がどのような考えをもってこのような配分をしたのかわからない。

北口は税に関してあまり知識がないため、当初坂元に一億二〇〇〇万円を要求し、坂元が八〇〇〇万円を主張し、三谷が仲に立って一億円を提案したので、うっかりこれに乗ってしまったのかも知れない。

被告人石田ら三人は、本件検挙以前において中居税理士に対し、合計一八〇万円の報酬を支払っただけではなく、前記のとおり再々修正申告の際、約五二〇万円、北口の未納付の解決のため約二九五〇万円を支出している。その合計額は約三六五〇万円であってこれらは本来上野勉が負担すべきものである。

14 相続税法一条は、「相続又は遺贈に因り財産を取得した個人で、当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するものは相続税を納める義務がある。」旨規定し、同法六八条一項は、「偽りその他不正の行為により、相続税又は贈与税を免れた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し又はこれを併科する。」と規定している。

福田平教授は、行政犯と共犯について次のように述べておられる(有斐閣法律学全集行政刑法(新版)一二九頁ないし一三八頁)。

身分犯とは、犯罪の主体として法律が一定の身分ある者を規定しているもの、いいかえれば、一定の身分がその構成要件の要素をなしている犯罪をいう。そして、ここにいう身分とは、「男女の性別、内外国人の別、親族の関係、公務員たる資格のような関係のみに限らず、総て一定の犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位又は状態」を意味する(最判昭和二七・九・九刑集六巻八号一〇八三頁、同旨、大判明治四四・三・一六刑録一七輯四〇五頁)。

(中略)

一定の義務者しかなしえない構成要件(上述の意味での身分犯)につき、非義務者(非身分者)が当該構成要件に規定された外観的行為をなしても、それは当該構成要件を充足するものではないから、罪責を負わないのは当然である。これは、身分犯の構成要件は一定の身分を有する者しか充足しえないことの当然の帰結である。しかし、……行政犯を行政主体が価値ありと考えた事態・関係を維持実現するために定めた命令・禁止に対する違反であるとすれば、こうした命令・禁止が、自分自身に向けられていない者でも、この命令・禁止を遵守すべき義務を負っている者に対して、それに違反することを教唆しまたは幇助する者は、社会倫理的に非難されるべきものであり、これを処罰することは、取締目的からいっても合理的といわなければならないであろう。そこで、行政法規が、営業者、医師等々一定の身分ある者に対して一定の義務の遵守を命じているばあい(たとえば、古物営業法〈五条・七条・九条・二七条・二八条〉の古物商……各種税法の逋脱犯〈たとえば所得税法二三八条、関税法一一〇条〉における納税義務者等。最判昭和二八・八・一八刑集七巻八号一七一九頁は、改正前の地方税法一三六条二項の罪の主体たりうる者は同法三六条にいわゆる「特別徴収義務者」たる身分を有する者だけであるとしている。……)、こうした身分のない者が当該行政法規違反に加功したばあいは、刑法六五条一項により教唆犯、幇助犯として処罰さるべきである(同旨の判例として、大判昭和一二・三・一五刑集一六巻三四七頁は、選挙事務長の帳簿の虚偽記入、費用の虚偽届出の罪を身分により構成すべき犯罪行為に該当するものとし、選挙事務長でない者が事務長の虚偽記入・虚偽届出に加功したばあいに、刑法六五条一項の規定に照し共犯を以て処断さるべきであるとしている〈なお、本判決は、共同正犯と解しているようであるが、これは前述のように正しくない〉。……広島高判昭和二九・七・二八高裁刑集七巻八号一二三七頁は、正当貿易船の船長および船員が、該船舶運航の際、たまたま密輸犯人の依頼を受けて同人のために密輸入貨物を中途まで積載輸送したばあいを無免許輸入罪の従犯としている。なお、最判昭和三四・五・八刑集一三巻五号六五七頁は、納税義務者でない者が納税義務者と共同して関税を逋脱したときは、関税逋脱の罪の共同正犯となるとしている。〈このばあいも幇助犯の成立をみとめるべきであろう〉)。」

このように、相続税法の逋脱犯は身分犯であり、本件は身分のない被告人が、上野勉その他の相続人の逋脱行為に加功した場合であるから、前記福田教授の見解及び同教授が挙げている広島高判昭和二九・七・二八のように、被告人は幇助犯として処罰されるべきである。

上野政一の相続に関して、相続税の申告書を提出し、相続税を納める義務を有するのは、上野勉その他の相続人であって、偽りその他不正行為により相続税を免れ得るものは、相続人らであって、被告人ではない。いわゆる身分犯である。

上野勉は、昭和五七年九月三〇日の当初申告及び翌五八年四月一五日付修正申告を通じ、資産面において少くとも合計五億一九〇九万〇三九六円(その内訳は、検察官の冒頭陳述書添付修正貸借対照表により増額修正された四億四六九一万三五七五円、友信興業(株)振出手形五〇〇〇万円、昭和六〇年六月付遺産分割協議書と内野恭介査察官作成の調査書との比較によって認められる銀行預金七口二〇九六万三九二三円及びその経過利息一二一万二八九八円)を秘匿し、負債面において右資産面と大差のない五億六五八三万三三三三円の架空債務を計上し、実際の純資産評価額よりも右二口の合計一〇億八四九二万三七二九円を過少としているのであって、これらの行為は分離できない一個の偽りその他不正行為に包括されるのである。

右不正行為による相続税の逋脱額は、累進税率により実に七億円を超えるのであって、右不正が発覚しないで経過したときは、上野勉の不正利得は莫大なもので、これに次ぐ利得者は坂元であり、そのうえ同人の利得は不正発覚と関係なく確保されているのである。

前記架空債務五億六五八三万三三三三円の作出は被告人らによって行われ、被告人らは当初申告及び修正申告書を提出しているが、被告人らは坂元より北口を通じ、沖税理士作成の申告書案を渡され架空債務の作出について五億四~五〇〇〇万円という金額まで指示されてその指示どおり行なったものであり、被告人らにおいていわゆる脱税指南をしたようなことは全くなく、申告書提出も本来上野勉がなすべきことを代ってしたものに過ぎない。

被告人は架空債務作出により脱税になることの認識はあっても、脱税による利得に相応する報酬を得るわけではなく、勿論資産面における五億一九〇九万〇三九六円の秘匿行為については全く知らされていない。

坂元から北口に渡された一億円のうち約六〇〇〇万円を相続税納付に充当されるとすれば、北口・岡田・三谷・宇津・環・内田及び被告人に対する報酬の合計は約四〇〇〇万円であって勉や坂元の利得と比較にならない少額である。

結局北口以下の者は、勉の相続税逋脱について巧みに利用されたものと言える。言い換えれば被告人らの行為は身分犯である勉の相続税逋脱を容易ならしめたものに過ぎず、共同正犯ではなくて幇助犯に該当するものである。

15 被告人は環・内田らと共に上野勉らの当初申告書及び修正申告書を提出している。このことは勉の相続税逋脱の実行行為を分担したことになるので幇助犯ではなく原判決認定のように共同正犯を構成するという考え方もあろう。

しかし右相続税法違反は勉の身分犯であって、被告人らは法律上の義務に基いて各申告を行なったものではなく、勉の代理として行なっただけで、しかも前記約五億二〇〇〇万円の資産の秘匿については全く道具として使われたものである。

そのうえ、身分犯において犯罪構成要件の実行行為者について幇助犯を認めた次のような判例があり、本件についても当然幇助犯が認定されるべきである。

(一) 官吏の収賄を幇助した非官吏は、官吏収賄罪の従犯である。

原院ニ於て、被告吉太郎ハ、官吏ニ非ラザル事実ヲ認メナカラ同人カ初メ馨ヲ教唆シテ犯罪ヲ決意セシメ、後ニハ馨ト共ニ、賄賂ヲ収受シタル事実ニ対シ、吉太郎ヲ実行正犯トナシ、直ニ同条ヲ適用シタルハ擬律ノ錯誤ノ判決タルヲ免レス

(大審院、明治三三年(れ)八六二号、同年一一月二六日、刑、二、判、刑録六輯一〇巻四九頁)

(二) 勝馬投票券不正購買者の依頼を受け、情を知りながらその投票券を発売主任より受け取り手交した行為は、不正行為を容易にした従犯である。

(大審院、昭和五年(れ)七一九号、同年七月一一日、刑、四、判、刑集九巻五六〇頁)

(三) 密輸入物件の陸揚げ自体に協力した者は、密輸入の幇助者である。

被告人は判示物件を判示秋浜海岸から同海岸所在の自己所有の浜小屋へ搬入してその陸揚げ自体に協力して密輸入を容易ならしめた。

(最高、昭和二五年(あ)一、九五三号、昭和二八年一二月二四日、一小、刑集九〇号二七五頁)

六、以上述べたとおり、本件のうち相続税法違反の事実について、被告人の行為は、上野勉らの犯行の幇助罪を構成するものであるのに、これを共同正犯と認定した原判決には事実誤認があり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 原判決の刑の量定は不当に重い。

一、原判決は被告人に対し懲役一年四月(実刑)及び罰金一八〇〇万円に処したが、右量刑は不当に重い。

以下その理由を述べる。

二、被告人の年令・性格・環境等

被告人は昭和一八年七月二二日、父石田吉太郎の長男として出生した。

被告人の父と浅野政雄現高石市長とは従兄弟の間柄にあり(被告人の祖母モトエが浅野市長の母ヤスエの姉にあたる)、横田磯治元和泉市長は被告人の祖父栄次郎の甥にあたり、泉南地区における高石、和泉の両市長が一族から選出されていた一時期があり、浅野市長の弟吉正は石田家の本家にあたる石田恒次郎(被告人の祖母モトエの兄で元村長、農協組合長)の養子となり、本家を継承しており、被告人は右のようなすぐれた一族の中の一員として裕福な家庭に育まれて来た。

しかし幼少の頃から祖父母に大事にされたため、お人良しで向こう見ずで気儘な性格が形成され、学校卒業後就職も永続せず、先祖伝来の資産をあてにして気儘な生活を送るうち他人の口車に乗せられたりして前科を重ね、一族の名を汚すことになった。

同和運動に関してもその理想にあこがれて飛び込んでみたが、この運動には当然多額の資金が必要であるのに、国民金融公庫や信用保証協会からの融資手続き代行等の正常な方法による資金集めだけでは到底賄い切れず、本件のような犯行を重ねるばかりでなく、先祖伝来の資産も失うに至ったのである。

被告人はこれらの過程を通じ、世間は被告人の考えていたほど甘いものではなく、真面目で地味な事業活動によって、始めて信用が築かれ事業を推進することができることを身をもって痛感した。

被告人は現在建築並びに土木工事の設計施工、管理及び請負等を目的とする株式会社イシダの代表取締役であるほか、被告人の妻が代表取締役をしているエルシー企画(主たる事業は飲食店経営)及び株式会社イシダの取締役中村成年が代表取締役をしている株式会社観進ハム(主たる事業は畜産食料品、物産食料品の製造及び販売)の顧問として、実質上これら三法人のオーナーとして約三五人の従業員を抱え、過去のあやまった人生に対する反省と、そのような人生経験を有為に生かすための熱意をもって、真面目な事業家を目指して日夜活動をしているのである。

特に株式会社イシダは、村本建設株式会社と提携して、和歌山市内で宅地造成のため約八万坪の用地買収事業を進めて来ており、既に九五パーセントの買収を遂げている。

被告人は、本件につき本年一月一二日、原審において実刑の判決を受けて収監され、六月二〇日保釈許可になるまで、房中において過去を反省し、将来の人生の歩み方を真剣に考える時間を与えて頂いた、そして正常な事業活動により正しく納税義務を果たすことが国民として最も肝要であり、国家社会の発展につながるものであることを痛感したと述懐している。

三、本件犯罪の軽重及び情状

本件犯罪は被告人が全日本同和会和歌山県連合会副会長、和歌山市支部長として関与したものであるが、同和事業に対する税法上の優遇措置や大阪国税局長と同和関係団体との確認事項の範囲を超え、これに便乗して脱税行為に加担したものであって、連合会事務所の維持資金や同和運動の資金を必要としたとはいえ、その資金を脱税によって調達することは到底許されないことである。

ただ本件における相続税法違反も所得税法違反も共に被告人らの方から積極的に脱税指南や脱税協力を申し出たものではなく、いずれも申告納税義務者側からの強い依頼によるものであるばかりでなく、その手口は相続財産について架空債務を作出したり、資産の譲渡所得について、保証債務を履行するための譲渡で求償権が行使できないことを作出する(所得税法六四条一、二項参照)という、同和関係団体がよく用いている極めて単純幼稚なものであり。被告人らが特別に考案したものではない。

况して脱税額が多額と認定されている相続税法違反の点に関する犯罪の軽重及び情状については第一点において詳述したように、事実関係において酌量の余地は極めて大きいものと言わねばならず、巨額の脱税主犯者である上野勉に対して懲役一年二月(三年間執行猶予)及び罰金六〇〇〇万円、これと密着し多額の利益を得ている智謀者の坂元良次に対して懲役八月(三年間執行猶予)のみで罰金刑が併科されていない各量刑内容に比して、被告人には別に所得税法違反の犯行があるとしても、懲役一年四月の実刑及び罰金一八〇〇万円という原判決の量刑は、著しく均衡を失するものといわなければならない。

四、租税体系の変化

従来わが国における直接税の税率が諸外国に比して極めて高く、税収においても直接税の占める比重が間接税のそれよりも大きかったことに対しては各層から批判がなされ、遂にいわゆる税制改革が実施されるようになったことは周知の事実である。

税制改革法によれば、今次税制改革の方針について、「今次の税制改革は、所得課税において税負担の公平の確保を図るための措置を講ずるとともに、税体系全体として税負担の公平に資するため、所得課税を軽減し、消費に広く薄く負担を求め、資産に対する負担を適正化すること等により、国民が公平感をもって納税し得る税体系の構築を目指して行われるものとした。」(第四条関係)としている。

そして、消費税法の施行とともに、所得課税に属する法人税及び所得税の税率が改正された。

そのうち所得税の税率は、改正前の所得金額三〇〇〇万円超五〇〇〇万円以下五五パーセント、五〇〇〇万円超六〇パーセントが、改正後は二〇〇〇万円超五〇パーセントに改正された。

また相続税についても次のとおり見直された。

〈1〉 相続税の課税最低限について、遺産に係る基礎控除額を四〇〇〇万円(改正前二〇〇〇万円)、法廷相続人比例控除を八〇〇万円(改正前四〇〇万円)にそれぞれ二倍引き上げることとされた。

〈2〉 税率の適用区分を拡大し、最高税率七〇パーセント(改正前七五パーセント)に引き下げることとされた。

〈3〉 配偶者に対する相続税の軽減措置について、非課税限度額を配偶者の法廷相続分相当額(改正前遺産額の二分の一相当額)までに拡充するほか、最低保障額を八〇〇〇万円(改正前四〇〇〇万円)に引き下げることにされた。

本件は右各改正前の事案であって、本件に適用されていた税率が、当時既に税体系全体として税負担の公平を欠いていたことは、前記税制改革の方針によっても明白であって、改正法による税率が適用されると仮定すると、かなりの税額の軽減(さらに地方税が加わる)となるので本件における量刑上についても斟酌されるべきである。

五、犯罪後の情況

被告人が本件発覚後その後始末に自己の利得金よりも遙に多額の金員を負担支出したことについては原審において弁護人が強調されているとおりである。

被告人は、別件暴力行為等処罰ニ関スル法律違反(この犯行は本件よりも以後に行われたものである)による懲役三月の刑については本年四月三〇日をもって執行を受け終わっている。いわばみそぎを終っており、しかも本件は罪質を異にするものであって、右の受刑がなければ被告人は本件について当然執行猶予の恩典が受けられるものと思料される。

そのうえ被告人が本件を含めた過去の非行すべてにつき、猛省していることは前述のとおりである。

六、以上述べたとおり原審の量刑は重きに失するので懲役刑・罰金刑ともに減刑されるべきものと考える。

以上の諸事由により原判決を破棄し、さらに相当の御判決を求めたく本件控訴に及んだ次第である。

以上

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